『キッチン・モーターズ・ファミリー・アルバム』国内盤ライナーノート
liner notes for Japanese edition CD

“Kitchen of Experiments”(実験の台所)-Kitchen Motorsはアイスランド語では元々こういう名前で、本作のジャケットにもアイスランド語ではそう書かれている。ただ、英語にすると少し雰囲気が違うように感じられたという理由で、それをもじってKitchen Motorsという名前になったという経緯がある。

Kitchen Motorsは一般的な「レーベル」とは少し異なる。シンクタンクもしくはアーティストの共同体というべきか。そもそもは1999年4月、レイキャヴィクのカフェでの、それまで共演したことがないミュージシャンが集まり、それぞれ30分の即興演奏を繰り広げるというイベントが始まりだった。彼らはその後も今日に至るまでこうしたイベントをアイスランド内外で継続的に行っている。もう少し付け加えるなら、彼らの活動は音楽のみに留まらず、パフォーマンスや映像、本、ラジオのためのショーまで広範囲に渡る。普通このような活動には資金の問題がネックとなるが、アイスランドに限らず北欧諸国では決してメジャーでない芸術に対しての援助が充実していることが幸いしているだろう。

レーベルとしての最初のリリースは”Motorlab #1”、”Motorlab #2”とタイトルされた2000年の2作品だ。同年にアイスランドで行われたいくつかのイベントの記録で、MumやSigur Rosのメンバーなども顔を出している。翌2001年にリリースされた”Nart Nibbles”はKitchen Motors最初のイベントを含む1999年の活動の模様を収めた2枚組CDで、彼らはこれを録音しリリースする補助金を得たためレーベルとして活動を始めることができたという。尚、1999年に製作された最初のバージョン既にソールドアウトで、現在Kitchen Motorsの3作目として流通しているものはリイシュー盤だ。

その後の3枚のリリースはもう少し個々のアーティストにスポットを当てたものになる。”Motorlab #3”として2001年にリリースされたのはBarry AdamsonとフィンランドのミニマルノイズデュオPan SonicのコラボレーションとHafler Trioによるそのリミックス。2002年にリリースされたKippi Kaninusの”H u g g u n”はアナログな感覚のアイスランドらしいエレクトロニカの秀作だ。そして2003年にリリースされたのがSlowblowの”Noi Albinoi”。SlowblowはDagur KariとOrri Jonssonのプロジェクトで、アルバムはDagur Kariが監督した映画『氷の国のノイ』のサウンドトラックだ。

Kitchen Motorsの創始者は3人。一番若いKrisitin Bjork Kristjansdottirは1977年生まれ。1999年に日本に滞在していた折、悪夢を見たことをきっかけにアーティスト名としてKira Kiraという名前を使うようになる。Kitchen Motorsの最初の3枚でも核となるメンバーとして様々なプロジェクトを主導しており、ソロとしてのファーストアルバムがアイスランドのSmekkleysa(Bad Taste)からの”Skotta”(2005年)だ。実験性もポップな面も、キュートな面もダークな面も境目なく繋がれたちょっと不可解な夢のような作品だ。

もう1人の創始者Johann Johannssonは1969年生まれ。イギリスTouchレーベルから”Englaborn”(2002年)と”Virdulegu Forsetar”(2004年)という、現代音楽にエレクトロニクスを加えた壮大で美しい作品をリリースしたことで注目されるようになる。一方で地元アイスランドのレコードショップ兼レーベル12 Tonarからリリースした映画のサウンドトラックも兼ねる”Dis”(2004年)では、チープな電子音を盛り込んだポップなエレクトロニカを展開している。またオルガン奏者4人とドラマー1人によるグループApparat Organ QuartetはKitchen Motors設立に際して結成され、当初はミニマルなアンサンブルとして構想されたが、次第に方向性が変わり、アルバム”Apparat Organ Quartet”(2002年、2006年には国内盤もリリース)では一昔前のヘビーメタルやプログレなどを思わせる懐かしくも個性的なバンドに変貌している。尚、今年後半にはイギリス4ADからのソロ作の他、Apparatとしての久々の新作も予定されている。

3人の創始者のうち、最も多くのレコーディング作品を残しているのが1966年生まれのHilmar Jenssonだ。ジャズギタリストとしてアメリカの名門バークリー音大を卒業、そこで出会った所謂ニューヨーク・アンダーグラウンド派のミュージシャンと新しい感覚のジャズを表現し、”Dofinn”(1995年)、”Kerfill”(1999年)、”Tyft”(2002年)、”Ditty Blei”(2004)と単独リーダー作も既に4枚を数える。リーダー作以外では、ドラマーJim BlackのユニットAlasNoAxisの諸作がポストロックにも近い音楽もあり面白く、またSmekkleysaからリリースされたアイスランド人ミュージシャンとの共作”Traust”(1998年)や”Napoli 23”(2002年)はもっとアイスランドらしい雰囲気を湛えている。さらにエレクトロニクスを用いたドローンに近い音響物も守備範囲とし、特に本作にも収録されているアイスランド人ベーシストSkuli Sverrissonとの活動は幅広い。

Kitchen Motorsのレーベル7作目となる本作は、再びコンピレーション盤だ。このアルバムは、2004年5月にレイキャヴィクで行われた、Kitchen Motors設立5周年を祝う8時間以上にも及ぶイベントに参加したアーティストによる、このコンピレーションのための新曲・未発表曲が中心となっている。ずらり並ぶ奇妙なアーティスト名については、それぞれの本名が難しすぎることが大きな理由だろうが、その音楽も名前に負けず劣らず一筋縄ではいかないものが多い。

イントロのようなトラックに続くBorkoはソングライターとしても活動するBjorn Kristjanssonの独りエレクトロニカユニット、Mugisonは手作りジャケットのファーストアルバム”Lonely Mountain”で一躍注目され、来日も果たしている。Benni Hemm HemmはBenedikt H. Hermannsson率いるビッグバンドでアルバム”Benni Hemm Hemm”は今年に入って国内盤もリリースされており、ここに収録されているのはそのアルバムからのトラックだ。AminaはSigur Rosのバンドのサポートを努めることでも知られる女性4人組、本作に収録されているトラックを含む4曲入りEP”Animamina”に続くフルアルバムが待たれる。Slowblowの後のIlli VillはMumのGunnar Orn Tynesのソロプロジェクトで、2006年3月のMice Paradeの来日公演でオープニングとしてレコーディングより先にライブで日本に初お目見え、ここに収録されているのが既に録音済のファーストアルバムに先立つ初音源となる。Sigridur Nielsdottirはここ数年で数十枚ものアルバムをリリースしている御年77歳の女性アーティスト、先述の『氷の国のノイ』のサウンドトラックにも2曲で参加している。FrakkurはSigur Rosのボーカリスト/ギタリストJonsiことJon Thor Birgissonのソロプロジェクトで、Kitchen Motors 5周年記念イベントで初ライブを行っており、ここに収録されているのが初のレコーディング。Hilmar JenssonとSkuli Sverrissonのトラックは彼らのアコースティックなサイドの1曲。Paul Lydonはアメリカ出身ながらレイキャヴィクを拠点に活動しており、歌もアイスランド語で歌われている。MumとJohann Johannsson、そしてKippi Kaninusの印象的なトラックに続くDJ MusicianことPetur Eyvindssonは、2004年に”My Friend is a Record Player”でソロデビューしたアーティスト。Helgi ThorssonとSigtryggur Berg SigmarssonのデュオユニットStilluppsteypaとAuxpanことElvar Mar Kjartanssonは、ヨーロッパを中心に国外でも知られている。Apparat Organ Quartetの次のMusikvaturはそのApparat Organ QuartetのメンバーでもあるSighvatur Omar Kristinssonで、Mumとのコラボレーションなどで知られる。Kira Kiraの新曲を挟み、5周年記念イベントにおけるファミリーの演奏でアルバムはおおらかに締めくくられる。

本作を聴きながら、1999年、Kitchen Motorsが誕生した年、そしてSigur Rosが世界的な大ブレイクを果たした年にアイスランドを訪れたことを思い返した。同国の映画監督Fridrik Thor Fridrikssonの作品そのまま風景は、まさしくアイスランドから発信される音楽にぴったりシンクロするものだった。溶岩でできた国土には苔しか生えない代わりに地熱という無尽蔵に近いクリーンエネルギーが与えられ、人口30万人の小さな国には、自由な発想でジャンルという壁も、また音楽という制限すらも飛び越えて新たなものを生み出す環境が与えられたというその不思議に感嘆しつつ、この遠い国の音楽に耳を傾け、思いを馳せるのである。

2006-06-16 / Blues Interactions, Inc; P-Vine Records / PCD4334 / 原盤 Kitchen Motors & 12 Tónar, 2006