2004-08-12 (torsdag)

前日が忙しかったので今日は少しペースダウン。…少なくともそのつもりだったのだけれど。

朝食だけは食べられる時間に起き、その後部屋でゆっくり過ごす。この日、オスロ市内で短いソロ演奏をすることになっている Arve Henriksen の携帯に SMS (ショートメッセージ)を送る。この日の演奏がどういうイベントでのもので、何時くらいに演奏するのか、本人も知らなかったそうで、分かり次第連絡をくれることになっていたのだけれど、当日になっても何とも言ってこない。いくらなんでももうわかっているだろうと思ったのだけれど、返ってきたのは、ほんとに僕もまだ知らなくて、ブッキングエージェントに訊いているところなんだよ、との信じられない返事。一体どういうことなんだ、と呆れつつ、このイベント見物はこの時点でほぼ諦める。

部屋の外はまた一段とギラギラと暑そうで、どうも外に出る気がしないのだけれど、日が西に少し傾き始めたころに散歩に出かけることにした。持っていたレンズ全部にフードを着けて外出。オスロの中心部南半分をぐるりと回る。最後にお城の周りを回って(別に何もない)、本屋を覗き、食料品を少し買って2時間半ほどで戻る。その間撮った写真が36枚撮りほぼ2本。オスロ市内は一応都会らしい雑多さもあるところなので、本当に絵になる光景っていうのは少し外れに足を延ばさなければならないんだろうな、と思った。

これまで全てのライブに遅刻している私だけれど、今日は絶対遅刻しないで早めにいっていい場所を確保するぞと意気込んで出かける。

The Thing @ Blå
Mats Gustafsson (ts, bs), Ingebrigt Håker Flaten (b), Paal Nilssen-Love (ds)

見慣れた Blå に行ったら、会場と側を流れる小川の間にたくさん椅子が出ていて、みんなライブ前のひとときをビールを飲みながら過ごしている。中に入ってみて、この大勢の人たちが何故誰も中に入らないかすぐに理解し、再び外へ脱出。Bla というのは倉庫を改造した場所なのだけれど、冷房はないらしい。冬に来た時は快適な暖かさだったので、暖房はある(当たり前!)はずなのだけれど。とにかく、少しでも涼しいように、ステージの奥の扉は全て開放されているが、そこにいるだけで汗が出てくる暑さだ。

やがて9時近くになり、再び薄暗くて暑い会場に入る。ステージ前に陣取り、カメラバッグをステージの端に載せさせてもらう。ほぼ定刻にステージ横の楽屋口から3人が登場。

それから後、40分に分けられたステージが2本、その間に目の前で展開された音楽をどう表現していいかよく分からない。それはこれまで私が一度も見たことのないような凄まじい演奏で、演っているほうも見ているほうも血管が切れそうだった。確かに、私はステージ右の Mats Gustasson から1メートル位のところにいて、振り回した楽器が顔を直撃しそうな距離だった(正直、特に後半はかなり怖かった)のだけれど、それを差し引いても想像を絶するパフォーマンスだ。彼らのこれまでの2枚のアルバムと、こちらに来る直前に聴いた新作からの1曲は随分違うもので、そのありえないテンションは少し予想はしていたけれど、このグループもとんでもない方向へ転換し、突っ走ってしまったものだ。

3人のミュージシャンの全ての演奏能力、瞬発力、体力、エネルギーといったあらゆる要素を音楽に変換してぶつけるかのような演奏。それぞれの演奏は他の2人の演奏とぶつかることで反応を起こし、さらに大きなエネルギーを生み出し、放出される。隅で扇風機が回されているステージの上で、3人は滝のような汗を流しながら、音楽を爆発させている。体育会系といえば間違いなくそうで、制限なしの格闘技のようだ。

ステージ右の Mats Gustafsson の前には譜面が置かれていて、曲が終わったら差し替えていたので一応譜面は見ているらしい。演奏中にリードを大量に取り替え、使ったリードが床に散らばっている。彼の演奏はアルバムで聴いてもキレキレのものが多いが、こうしてかぶりつきで見ると当然のことながらその迫力は倍増する。それから、あまりアルバムを聴いている限りでは分からなかったのだけれど、彼のブロウは、彼自身と聴いている人の精神を開放するような、そんな自由な伸びやかさに溢れていて、とても心地よくすらある。

中央の Ingebrigt Håker Flaten は、ピックアップをつけたベースを弾いている。もちろんすべてそのアコースティックベース1本だ。アコースティックベースがあんなに鳴るんだというような音を叩き出す。途中でかなり弓も使っていたが、あまりにがりがり弾くためすぐに弓の毛はパラパラと切れだし、途中でその邪魔な毛をむしっているシーンも見られた。弾き方は弓弾きとピッチカートの2種類だけで、別の小道具をつかったり物を挟んだりはしない。そのシンプルな手段で、極めて正確で整ったピッチとトーンで、可能な限りの限界に挑戦するかのようなパフォーマンスだ。

ステージ左端の Paal Nilssen-Love のドラムセットにはシンバル類が相当たくさんセットされていて、途中、手持ちの小さなシンバルや小物をひっつかんではスネアやタムの上に載せ、目まぐるしく音に変化を付けていく。考えられないような音数を、独特の感覚で叩き出すその演奏は、分かっていても(見るのが初めてでなくても)衝撃的だ。私の目の前でサックスが振り回されているのに、目はどうしてもドラムのほうに釘付けになってしまう。途中挟まれたドラムソロでその演奏は楽器の限界を超え、スネアの上に置かれていたチェーンは床になだれ落ち、叩かれたシンバルが飛んでグラスを直撃(幸いグラスは空だった)、グラスが音を立てて割れるというアクシデントまで発生した。

大半の部分が全力疾走な演奏だけれど、時折、思い出したように不穏な静かなパートが挟まれる。後ろに巨大なエネルギーを秘めたその静けさも恐ろしい。それから、彼らは1つのアンサンブルとして、音楽を切り出す、走らせる、止める、転換させる、その呼吸の合い方もすごいものがある。やっぱりこれは格闘技だ。

たくさん入ったお客さんは、その演奏のテンションに合わせて声を上げ、その音楽に合わせて体を動かし、演奏が途切れると大歓声と拍手が沸き起こる。2回もアンコールに答えた彼らは、ひとたび楽器を置くと、3人とも普通の(?)好青年に戻り、笑顔でステージを去っていった。

結論としては、この1つのライブであの頭がクラクラするような飛行機代の元はしっかりとれたと思う。もはや他のコンサートはかなりどうでもよくなったので、明日からのモチベーションが下がらないか心配なくらいだ。それから、私が初めて Paal Nilssen-Love の演奏を聴いた(そして彼を一躍有名にした)3年前のモルデ・ジャズフェスティバルのあのパフォーマンスはこれまで私の中でもっとも衝撃的なライブだったのだけれど、この日、同じ彼のはるかに凄い演奏がアッサリと記録と記憶を上書きしてしまった。


コンサートが終わってからは Smalltown Supersound のオーナー Joakim Haugland がレコードをかけていた。途中で Mats Gustafsson に替わったりしていたけれど、基本的に知っているものは全然なかった。Paal Nilssen-Love がかかっている曲をいろいろ説明してくれ、中にはスウェーデンの妙な古いポップスとかそういうものもあったようだ。中には支離滅裂な流れで曲が変わったりで笑いをとったりもしている。レコードを回している2人はかなりのマニアらしいけれど、かかっているものがいちいち分かる Paal も相当なものだ。で、大体あんなにツアーをしていて音楽を聴く時間があるってのが信じられないんだけれど、と訊いてみたら、ツアー中にもポータブルCDプレイヤーで四六時中音楽を聴いているのだそうだ。ミュージシャンには自分の音楽以外あまり他の人の音楽に興味がない人もいるけれど、彼はできる限りのものを聴きたい、そういうタイプのヘビーリスナーでもある。

ところで Paal とは実際会って話をするのは初めてだ。3年前、声をかけようかどうしようか迷いまくった挙句声をかけなかったことをずっと後悔してきた。彼は、メールでしか話をしたことがない人に会うのも妙な気分がするねぇと笑う。私は彼がどんな風貌でどんなことをやっているか知っているし、どんな人なのかや喋り方も大体想像がついていたが、確かに逆は分からないはずだ。ちなみに彼は、少し低めのよく通る声で、早口に歯切れ良く喋る。好奇心も旺盛。言ってみれば演奏スタイルそのままのキャラクターだ。ツアーが続いてスシが食べられなくなると気が変になりそうになると言っていたのは意外だったけれど。

私が日本から持ってきたLP(とCD)は彼のリクエストのもので、ドラムセットを片付けながら傍らの Mats Gustafsson にこんなんもらったんだーと自慢している。それを見た Mats が「わ〜お!」というのがかなり離れたところにいた私のところまで聞こえてきたので、後で Paal に、で Mats はあのアルバム持ってるって?と訊いてみたら、やっぱり持ってるんだそうだ。ちなみに Paal は相当なアナログフリークだ。

東京で2年前に一度会ったきりの Ingebrigt Flaten が私のことをちゃんと覚えていてくれて、むこうからやあ!と声をかけてくれたのがとても嬉しかった。Paal が Mats を紹介してくれ、Mats には「僕はノルウェー人じゃないんだけど宜しくね」と言われた(Paal が何て私の説明をしたのかちょっと想像がついた)。知っている人はともかく、ノルウェーの音楽に関するサイトやっている日本人がフェスを見に来ている、という話は私の知らないところで先回りしていて、突如声をかけられたりする。ジャーナリストでもなく単なるファンでしかない私などがなかなか知り合うことのない人と会って話ができるのは貴重だ。これまで何度も会う機会があったのに会ったことのなかった Blå のブッキングマネージャーの Erica Berthelsen にも、事前にオスロに行く連絡をしていなかったのにあちらから声をかけてもらい、初めて話をすることができた。オスロジャズフェスティバルのステージは、以前はステージの奥にスポンサーのロゴの入った幕がかかっていて、新聞などに掲載されるミュージシャンの写真の後ろにスポンサーのロゴが大きく写るようになっていた。Blå はそれを断ってしまい、この日は Smalltown Supersound のロゴの幕がかかっていた。リリースコンサートのこの日の写真はそのロゴとともに新聞などに掲載されるわけだ。そういう採算を度外視してでも音楽にとって大事なことを優先する、そんな人たちがここにはいる。

その Blå のオーナー Martin Revheim は Martin Horntveth のカントリー風の帽子を拝借して踊っている。オーナーは31歳で、クラブは6年になる。Joakim Haugland はレコードをかけ続け、バーはずっと開けていてくれて延々ビールを出してくれる。あのライブの衝撃をどうにかするには飲むしかないような気もするが、ともあれ気がついたら夜中の3時半だった。私はここに7時間もいたのか…。

本日の収穫:CDを3枚。
Mats Gustafsson / Sonic Youth with Friends "Hidros 3" (Smalltown Supersound)
The Thing "Garage" (Smalltown Superjazzz)
Paal Nilssen-Love / Ken Vandermark "Dual Pleasure 2" (Smalltown Supersound)

ライブ会場にて購入。その後 Paal に、CD は?何、買った?あげるのに何で買ったんだ、と言われてしまったが、そう言われても…(大好きな音楽にはちゃんとお金を払いますよ!)。

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