<< 2003 Vol. 7 (2003/12/08) >>
| TAPE "milieu" |
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| TAPE is Andreas Berthling Johan Berthling Tomas Hallonsten |
banjo, violin, guitar, synthesizer, computer, organ, harmonium, accordion, harmonica, trumpet, field recordings, percussion, concrete sounds, vibraphone, glockenspiel, chinese flute, altorecorder, piano, melodica |
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live at Cafe Archives, Osaka, Japan (26. November 2003) live at Cafe Independants, Kyoto, Japan (27. Novemer 2003) << for futhter pictures from the concerts, please click the left thumbnail. if you prefer non-javascript version, click here. |
| 1. Oak Player 2. Sponge Choms 3. Crippled Tree 4. Edisto 5. Golden Twig 6. Long Bell 7. Root Tattoo 8. Switchboard Fog Played, recorded and mixed by Tape at Öland and in Stockholm summer / autumn 2003. With help from Magnus Granberg (as, #3) and Staffan Johansson (lapsteel on 2 and 5). Mastered by Henrik Jonsson at Polar. Cover by Klas Augstsson. Photos by Ann Sofie Börjesson. 2003; Häpna; H.14
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2000年にスウェーデン・ストックホルムで結成された Tape は、ファーストアルバム "Opera" をメンバーの1人である Johan Berthling が共同経営するレーベル Häpna からリリースした。そしてそのアルバムはレーベル9作目にしてレーベルを代表する1枚となり、Tape はレーベルを代表するユニットとなった。 そんな Tape が、ファーストアルバムリリースからちょうど1年で日本にやってきた。しかもできたばかりのセカンドアルバムを携えて。 私が見た2つのライブのうちの最初の1つ、大阪でのライブの時点ではもちろんセカンドアルバムは聴いていなかった。ただ、後でわかることになるのだけれど、日本で行われたライブはセカンドアルバムを踏まえたものだったので、アルバムについて少し先に触れたい。 2つのライブの間の一晩、ライブの余韻が残る中で聴いたセカンドアルバム "Mileu" は、最初の音が出てきたときに、ああ変わっていないな、と思ったけれど、アルバムを聴くにつれてその考えは変わった。翌日 Johan に私が言ったのは「結構変わったね」、だった。Johan は「うん、1つずつが曲になっていて、メロディーとかもあるしね。ファーストアルバムとは違うことをやりたかったんだ。で、次の3作目はまたファーストアルバムみたいにしようかな、とか…」と答えてくれた。 Johan が言ったとおり、ファーストアルバムはアルバム全体が抽象的なイメージだったのに対し、セカンドアルバムでは1曲ずつが形を持った曲として独立していて、動きもある。はっきりとメロディーが流れるシーンもある。本質的に Tape というユニットが持つ、アコースティックとエレクトリックの融合、というより全く自然に同居するそのサウンド、全体から受けるなんとも心地よい温かみはそのままに、ファーストアルバムとは同じことをせず変化を持ち込むというとてもむずかしいことを見事に成功させている。 さて Tape のライブ。あの音をどうやってライブで再現するのか、そもそもあの音はどうやってつむぎだされているのか、どんな雰囲気を持ったグループなのか、興味は尽きない。 テーブルに3人分の機材が載っている。機材はさほど多くない。真ん中に Andreas のパワーブック。大阪では左側(これがデフォルトだと思うけれど京都では右側だった)に Johan 、右側(京都では左側)に Thomas 。Thomas の手元には KORG の小型のキーボード、年季が入っていそうだ。その手前にピアニカ、トランペットも用意されている。Johan はアコースティックギターを抱えていて、その音はピックアップ→シールドではなく、マイクで拾っている。Andreas と Johan の手元にはミキシングボードも。 演奏していない時は普通の若者でなかなか面白い一面もある彼ら、着替えこそしないものの、ライブではがらりと雰囲気が変わり終始神妙な顔つき。真ん中の Andreas は左手をミキシングボードに置き、右手はマウスを握り、視線はパワーブックの画面に集中、その画面が彼の顔を照らし返していて表情はよく見えるのだけれど、ほとんど身動きすらしない。ただ、各ライブの中でそれぞれ一度だけ、手元のMDを入れ替えるシーンがあった。このスウェーデン語でなにやら書かれていたり書かれていなかったりする MD には、彼がコンピューターで作った音源が入っていて、それをステージ上でアレンジする。そこから出てくる音は小さなノイズであったり、また時にはフィールドレコーディングされた音源と全く境目がないような、例えばセカンドアルバムでも聞こえる鳥のさえずりのような音だったり、もっと別の音楽のようなものもある。 傍らで Johan は、終始体をゆらゆらと動かしながら丁寧にギターを弾く。本業ベーシストの人が弾いているとは思えないほどに繊細なギターだ。そのゆらゆらはリズムを取っているわけではなく、実際聞こえてくる音楽全体とは少しずれがあるようで、見ているととても不思議な気分になる。Andreas と Thomas のエレメントだけだと恐らく時が止まってしまいそうでもあり、そこで Johan は音楽を静かに揺らすようにギターを弾く。彼のゆらゆらは、彼の体を通ってギターの上で別のゆらゆらになり、それは静かにグループの音楽に反射する。ずっとうつむいてギターを弾いている Johan の手元にはミキシングボードにつながれた2つのCDプレイヤーがある。2つを同時に鳴らすのではなく、別の音源をセットしていて使い分けているようだ。中に入っているのはフィールドレコーディングされた音源を納めた CD-R。彼も Andreas 同様各ライブで1回、途中で顔を上げ、神妙な顔つきで CD-R を取り替えた。そこから出てくる音は、雨の音のようにはっきりと分かる音もあれば、鳴っていることすら意識させないようなものもあったようだ。 反対側の Thomas は Berthling 兄弟に比べ、あれこれ楽器をたくさんこなす。ピアニカは、私はそれは日本にしかない学校用のあんまり面白くない楽器だと思っていたけれど、彼が吹くとなんと味わいのある音を出すものか。そのピアニカを吹きながらキーボードを弾いたり、ハーモニカを取り出したり、あらかじめミュートを付けられたトランペットを吹きながら手元の機材をいじったりと全く忙しい。彼は言ってみればこのユニットのソロイストだ。その彼がそうっと吹く牧歌的なまでにのどかなメロディーらしきものは、ほんの偶然のように現れては消えていくけれど、時折しっかり Johan のギターとシンクロしていてはっとさせられる。 大阪で演奏の後、Johan と話した時に真っ先に訊いたことは「この音楽はインプロなのか」ということだった。彼の説明では、メロディーやモチーフなどはあらかじめある程度作曲され、事前に打ち合わせがされているのだそうだ。その他の部分では即興演奏で組み立てられている部分もかなりあるとのこと。彼らのステージでは「曲」は存在しない。1つのステージで1つの構成になっている。これを事前に打ち合わせしているとは、それはまたそれで驚きだ。「明日(京都公演)は別のことをするから。僕達自身も(違うことをして)楽しみたいからね。」と言った彼らは、先の打ち合わせをしている、と言った言葉を裏付けるようにかなり違う音楽を展開した。京都公演のほうがややコントラストがはっきりしていて、言ってみればセカンドアルバムの路線をもう少しおしすすめた感じだった。大阪では初めて見る彼らのライブにぼうっとしているうちに、あっと思ったら終わっていた…恐らく30分くらいだったのではないだろうか。その後彼らに「もっと聴きたかったのに!」と言ったのが功を奏したのか、京都公演では45分くらいの「長尺」の演奏になった。このようなミニマルな演奏を長く組み立てるのは困難だそうで、「今日は長かったでしょ(ニヤリ)?でも45分、これが限界!」と言っていた。若干コントラストを強くすることで45分が可能になったのかもしれない。 2つのコンサート、特に京都公演の「その場」は忘れられないシーンになった。彼らが出演するまでざわざわと賑やかで、一体どうなることやらと思ったけれど、彼らの音楽はすぐに会場中に浸透し、私はカメラを放棄し、飲み込まれるように音楽に聴き入った。彼らの音楽は懐かしい感触がするのだけれど、それはセピア色の映像とはちょっと違う。スウェーデン人である彼らも日本人であるその日のリスナーもみんなどこかに持っている「幸せだったころの記憶」のような感じだ。時の感覚がなくなったような会場に音楽は満ち渡り、この夢が昨日のように終わることに怯えていた私は、途中でこの日の夢がちょっと長く続いていることをかすかに認識した。それでも音楽は始まった以上終わりを迎え、その日の素晴らしいステージは終わってしまった。彼らの音楽は朝露のように跡形なくどこかへ消えていったけれど、その場に居合わせたラッキーな人それぞれの記憶深いところに形にならない大事なものを残してくれた。 |
| Thanks to Thomas, Andreas and Johan for the music and for coming to Japan. |