winter 2003
Supersilent
2003/02/23
@ Blå, Oslo, Norway
Helge Sten
Ståle Storløkken
Jarle Vespestad
Arve Henriksen
自分が一番大好きなバンドのライブを初めて見る、というのはもちろん楽しみだけれど、この日の場合、異常に緊張したというのが正しいような気がする。
クラブ Blå の5周年ウィークに合わせて1ヶ月遅れのアルバムリリースコンサートとなったこの日は、Supersilent
にとって本当に久しぶりのオスロでのライブ。テーブル席は観客の数によって調整されるこの会場、この日はそこそこの数のテーブル席が出ている。つまり身動きが取れないほどぎっしりではないものの、快適な程度にフロアは埋まっている。この日特徴的だったのはテーブル席とステージの間1メートルちょっとの空間で、そこに多くのファンがフロアに座って開演を待っていたこと。オールスタンディングのコンサートとは違う、落ち着いて腰をすえて(しかもよく見て)聴こうというファンが多い。
会場に入って驚いたのはステージ上の Jarle Vespestad のドラムセット。ツインバスドラムにタムをいっぱい並べた相当に大きなそのドラムセットはまるでヘビーメタルのセットのようだ。後で聞いた
Jarle の説明では、Supersilent には強いボトムサウンドが必要で、このセットは
Supersilent の時だけ使うものだそうだ。そのドラムがステージ中央にあり、左側に2段でかなり高めにセットされた
Ståle Storløkken のキーボード。上の段にはシーケンサーが載っている。一方のステージ右側は
Helge Sten の機材がかなり低め、椅子の高さよりも低いくらいのところにずらっと並んでいる。左の
Ståle と右の Helge のセットは向かい合わせの方向を向いている。そして中央、他の3人に囲まれるようにに
Arve Henriksen の機材。キーボードやエレクトロニクスなど思ったより大量の機材がセットされている。その4人のセットが、これ以上不可能なほどぎゅうぎゅうに中央前方に寄せて並べられている。Arve
の椅子は左のバスドラ(観客からは右側のバスドラ)のすぐ前、中央のポジションから両端の他人の機材がいじれそうな詰めこみ具合だ。
4人のメンバーが、ステージ脇から登場し、自分のポジションにつく。三方向を機材に囲まれた
Arve は観客席側から自分の場所へよじ登る。そして、何がどうということもなしに、誰が合図するわけでもなく
Ståle と Helge が演奏を始め、ライブは始まった。ミディアムテンポよりやや遅め、左右からのキーボードの音響に不規則なドラミングが絡み、トランペットが浸透する。
作曲もアレンジも、リハーサルも、打ち合わせすらもしない彼ら、ライブでも目を合わせすらしない。中央奥の
Jarle はあさっての方向を向いているし、右の Helge は下を向いて機材をいじっているし、中央前の
Arve は、彼に関しては他のユニットでもそうだけれどずっとうつむき加減だ。左の
Ståle はキーボードが高くセットされているからか、比較的よくステージを見渡しているし、Helge
は時折顔を上げていたりするけれど、それでコミュニケーションは全くとっていない。Helge
がインタビューで語っていた言葉を借りるなら「僕達の間には音楽だけがある」。
この日最初に「仕掛けた」のは Helge だった。それまで割と静かだった音楽に突然、大音量で切りこんできた。音楽はスリリングな余韻を残して展開したけれど、ステージ上のメンバーは何も起こらなかったかのように、もしくはあらかじめそれを知っていたかのように平然と展開した先の音楽を構築していく。この最初のパートで、Helge
の手元に CD プレイヤーがあることに気付いた。演奏中に突然ぱこっとプレイヤーを開けて
CD を取り替えたからだ。Helge 自身の説明によると、その CD からの音は「音源」として使われ、機材を通して全く違う音になって出てくるのだそうだ。この日はさほど使わなかったそうだけれど、最初のパートで割とちゃんと聞こえたその音は、なんとも表現しがたい不思議な異次元の音響だった。
アルバムも曲もタイトルがなく、単に番号が振られているだけの彼らの音楽は、ひょっとしたら「曲」という概念もさほど強くないのかもしれない。曲が終わりにさしかかっているというのは、演奏者にも観客にもわかることなのだけれど、そのある意味予定調和な部分を嫌うかのように、4人の中の誰かが意図的に終わらせなかったりする。1度は
Helge がノイズを発し続け、あるときは Jarle がドラムを叩き続け、または Arve
がトランペットから音を搾り出し続ける。終わるはずの曲が終わらないでじりじりとどこか他の予知し得ない方向へ進むのは、観客にとってはたまらなく不安だ。その終わらなかった前の曲は、誰かもう1人他のメンバーが音を出すことで小さな化学反応が起き、全く違う「新しい曲」へと突入する。
そして4人ともが演奏を区切った時にだけ曲の終わりが訪れ、観客もメンバーも息を止めて、本当に音が全部消えて次の瞬間に誰も音楽を再スタートさせないのを確認するかのような不思議な「音のない緊張の一瞬」を飲みこんだ後、客席から拍手が起こる。そして
Arve がメンバーの名前だけを紹介する簡素なMCをとる。恐らく人並み外れた集中力を持っているに違いない
Arve は、次の音が出てくるまでの短い間にも「素」の状態に戻ってしまい、いつものキャラクターを発揮、隣の
Ståle のキーボードに手を突っ込んでふざけている。
誰もあらかじめ知らないこの日のセットリストは、最初のパートのような不穏な雰囲気を漂わせ、張りつめた緊張感が支配するミディアムテンポの曲を媒介とするかのようだった。ステージ半ば程で、演奏が途切れたときに
Helge がギターを抱えた。アルバム "6" の4曲目のようなギターの音で始まったその曲は、Ståle
が穏やかなキーボードを加え、"6.4" よりもずっと静かに演奏された。そしてその展開を予知していたかのように
Arve は最初からトランペットを床に置いたまま、マイクを持ってとても美しい高い声で歌い始めた。この曲が、この日のアクセントになる演奏だったという筋書きは、最後に気付くことになる。
不穏なミディアムテンポと、美しいスローテンポの曲とちょうど対比をなすようにこの日の大半を占めたのは、予想外のヘビーな演奏だった。簡単に言うと、アルバム
"1-3" のような狂暴な曲を、 "6" のような音響で、 "4"
のようなバランス感覚で、"5" のように長めの構成でやってしまった、といった感じだ。彼らのアルバムだけ聴いていると随分大人しくなったと感じるだろうけれど、目の前で展開された音楽はデビュー当時の危なさをはるかに越えるものだった。結成6年になり、緻密になった音と想像を超えるレベルに達したメンバー間に流れるインスピレーションが、アルバム
"6" と正反対の方向に作用している。Ståle はステージを見渡し、隙を狙ってはあの彼独特の鋭いタイミングの音を大音響で響かせ、Helge
は不思議な形態の自作ギアまで使って応酬し、Jarle のドラムはさらに不規則さとヘビーさを増し、Arve
は傍らのエレクトロニクスでノイズを炸裂させたり、トランペットをゴチゴチとマイクに当てたり、やおらスティックを取り出して自分のすぐ後ろにあるバスドラを叩いたり、マイクを握ってなにやら絶叫したりしている。
それでも、この日のステージの半ばに登場したアグレッシブな曲はまだ序章にすぎなかった。終盤、結果的に最後の演奏となった曲は、それまでの曲の裏側に潜んでいた何かを全てひっぱりだして叩きつけたような展開となった。ステージ上のメンバーの動きが激しくなり、もはや誰がどの音を出しているかを判別するのすら困難になる。誰かが仕掛け、すぐに誰かが反応し、それがまた同時に起こるようになり、その化学反応は熱を帯びてきて次々と波状攻撃の様相となってくる。どんどんボルテージは上がり、実際気がついたらとんでもない大音量に達していた。まさしくくぎづけになってその展開に飲みこまれていたあまり、まわりの観客の変化にしばらく気付かなかったほどだ。その大音響は普通の観客には異常な音量だったらしく、まわりの人は皆耳を押さえている。高音が少なく、ひたすら低音が凄かったため実際に耳に異常をきたすとは思えないけれど(それでも耳がおかしくなりそうになった、というコメントを残した人がいた)、とにかく信じがたいヘビーさだったことは確かだ。
ステージ上では、まるで何かを徹底的にやっつけるかのように、これでもかという凄いテンションの演奏が繰り広げられている。この日のステージは、後日聞いたところによると結構長めだったそうだけれど、時間や空間の概念がすっかりなくなってしまっていて、ただひたすら音の記憶しかない。しかし確実に時間は流れ、演奏は終わる時が来た。観客は耳から手を外して拍手を送り、メンバーは去っていった。アンコールを求める拍手はなかった。轟音に圧倒されたのだろうか、それとも耳が壊れそうだったのだろうか。けれどアンコールがなかった本当の理由は、多分その演奏が終わった時点でこの日の筋書きがなかったはずのステージがきちんと完結した、というのをステージの上のメンバーも観客も知っていたからだと思う。
ステージが終わっても客電がつかないこの会場では、BGMが流れ出すことが終わりの合図だ。静寂が訪れた会場に
Kim Hiorthøy の優しい音楽がそっと流れ出し、オスロっ子たちはさっきまで固唾を飲んでいたのが嘘のように残りのビールを飲みながらお喋りを始めた。けれど私が受けた、体の中で何かが変質してしまったかのような余韻と、鉛を飲みこんだみたいな衝撃はそう簡単に消えなかった。
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その他の幾つかの重要な事柄:
1. Supersilent のコンサートはまったく予測がつかない。それはメンバーも同様だそうで、何が起こるかはまったくわからない、と皆口を揃える。この日はたまたま非常にヘビーだったけれど、他のライブでは「まさしく
"supersilent"」と評されることもあるように、とても静かなこともある。1回のライブも、1枚のアルバムも彼らのごく一部に過ぎない。
2. 完全即興演奏で何が起こるかわからない、というのは観客にも相当な集中力を要求する。もちろん真面目に聴いていれば、だけれど。果たして私は、そして観客は彼らの即興演奏について行けているのだろうか。
3. Supersilent のライブにはいつも Audun Strype というサウンド・エンジニアが同行する。マスタリング・エンジニアとして非常に有名で、ノルウェーのトンガリ系音楽のマスタリングを一手に引き受ける人物。Supersilent
のライブは全て彼により録音されていて、次の瞬間誰が何をやるか全く予測不可能な
Supersilent の音楽を全て2トラックの DAT にダイレクト・レコーディングというよく考えたらかなり恐ろしい作業をこなしている。アルバム
"5" と次のライブボックスは彼の作品でもある。
4. メンバー自身はこの日のライブにとても満足だったとのコメント。そして素晴らしい観客だった、とも。ちょっとでも集中力が切れるとよそ見してお喋りを始めるオスロっ子が、この日はそんな隙すら与えられなかった。つまりこの2つのコメントは1つの事実を表していると思う:
彼らは素晴らしいライブバンドで、この日素晴らしいパフォーマンスを見せた。
(2003/03/31)