『ジャズランド・リミックス』国内盤ライナーノート
liner notes for Japanese edition CD

ノルウェーの音楽といえば、ジャズではECMの諸作品、ポップスならa-haや新しいところではキングス・オブ・コンビニエンス、トラッド系ならシセルなどが知られる。これらに代表される一見別ジャンルの音楽がこの小さな国には境目なく渾然と存在している。多くのミュージシャンがジャンルを超えて共演し、またそれぞれの音楽性も境界線を持たないものが多い。

そんなノルウェーの、さらにはヨーロッパを中心とした新しい音楽シーンに1つのムーブメントを起こしたのがノルウェー人キーボードプレイヤーのブッゲ・ヴェッセルトフトが1996年に設立したJazzlandレーベルだ。もともとジャズ・ミュージシャンとして知られていた彼が自ら「ニュー・コンセプション・オブ・ジャズ」と銘打ち、さらに「フューチャー・ジャズ」とも称されるようになったその自由な音楽は確実にノルウェーのシーンの一角を開放した。さらにこのレーベルはそのトレードマークのようになったクラブ・ジャズにとどまらず、実験的なものや、シリアスなアコースティック・ジャズ、またポップなサイドにも幅を広げているが、共通するのは「現在」を反映するヴィヴィッドな音楽であるという、実に基本的で魅力的なポイントだ。

このアルバムは2000年にリリースされた『Jazzland Remixed』の続編で、最近のJazzland作品から厳選された曲をノルウェーのアーティストがリミックスするもの。このアルバムをきっかけにオリジナルを聴くのもいいし、逆にオリジナルを踏まえてそれぞれのリミクサーの音楽に注目するのも面白い。そしてオリジナルのミュージシャンもリミクサーもそれぞれ多彩な活動をしているから、気に入った曲からさらに一歩踏み込んで彼らの他の活動や、またこのレーベルの他のアーティストにも注目して欲しい。このリミックス・アルバムはとても興味深いノルウェーの音楽シーンへの1つの開放された扉になるだろう。

1. 「エンパシック・ギター」アイヴィン・オールセット/チルミナティ

アイヴィン・オールセットはロック畑出身らしいテイストを持つギタリスト。内外の多くのアーティストとの共演があるが、よく知られるのはトランペット奏者ニルス・ペッター・モルヴェルのとの活動だ。そのモルヴェルの音楽とシンクロするようにエレクトロニック系音楽へ接近し、Jazzlandから初リーダー作『エレクトロニック・ノワール』(1998年)をリリース。続くセカンド・アルバム『ライト・エクストラクツ』(2001年)の冒頭の「エンパシック・ギター」はアンヴィエントなサウンドスケープにギターが浮かび上がる幻想的なナンバー。リミックスはギターを残し、よりエレクトロニカ寄りのビートを持つ透明感のあるバージョン。リミクサーはイギリス出身のニコラス・シリトーとノルウェー出身のペル・マルティンセンの2人。オスロを拠点にイルミネーションというデュオでダンス系エレクトロニカを発表する傍ら、チルミナティという名前でリミクサーとしても活躍している。

2. 「アンダートウ」シゼル・アンドレセン/レイモンド・ペリシエ

シゼル・アンドレセンは人間の声の持つ可能性を感じさせる女性シンガー。ECMから『So I Write』(1990年)、『Exile』(1994年)の2作を発表、Jazzlandには女性シンガー3人による実験的なボーカルグループESEの『Gack!』(1999年)で登場。続く2000年のリーダー作『アンダートウ』のタイトルトラックはジャズランド的エレクトリックな音使いやビートを支配するシセルの力強い歌が印象的な曲。リミックス・バージョンにはオリジナルよりリズミカルなビートが持ち込まれている。リミクサーは現在ニルス・ペッター・モルヴェルのグループのエレクトロニクス担当としてアルバムやライブに参加しているレイモンド・ペリシエ。彼はDJ DarknorseやPhonoという別名でも活動している。

3. 「チェンジ」ブッゲ・ヴェッセルトフト/チルミナティ

Jazzlandのレーベルオーナーでキーボード奏者のブッゲ・ヴェッセルトフトは4枚のリーダー作のうち、ソロピアノ作『It’s Snowing On My Piano』(1997年、ドイツACTレーベル)を除く3枚をJazzlandからリリースしている。『ニュー・コンセプション・オブ・ジャズ』(1996年)、『シェアリング』(1998年)に続く『ムーヴィング』(2001年)に収録されている「チェンジ」は透明感のあるサウンドとブッゲ自身が繰り返し歌う「チェンジ」というフレーズが耳に残るナンバー。これをリミックスするのは再びチルミナティの2人。オリジナルのダブルベースによるグルーヴを残し、よりダンサブルなビートをもつ軽やかなバージョンになっている。

4. 「ゴースト」ビーディー・ベル/ルネ&レイモンド

Jazzlandの最もポップなアーティストであるビーディー・ベルは女性シンガーのベアテ・レックとベースのマリウス・レクシェーのデュオ。2001年のデビュー・アルバム『ホーム』は、アメリカのR&Bを好んで聴いたというベアテの音楽性を反映した作品だ。そのアルバムに収録された「ゴースト」はマリウスによる滑らかなベースラインとベアテのソウルフルな歌が伸びやかな曲。リミックスのほうはエレクトリック・ベースとボーカルが縦ノリに配置され、オリジナルとは全く異なる印象になっている。このバージョンはルネ&レイモンドことルネ・リンベックとレイモンド・ハンセン、共にノルウェー北部の町トロムセ出身ながら、普段はそれぞれの活動をしている2人の共同作業によるもの。

5. 「グラン・ドゥ」マリ・ボイネ/ゾーズ・ノルウェージャンズ

マリ・ボイネはノルウェーの先住民族サーメ人を代表する女性シンガー。サーメ語で歌われる音楽は民俗音楽ヨイクに深く根ざしつつ、ロックやジャズ、フォークも取りこんだ独自のものだ。既に10枚のアルバムリリースがあり、最新作『エイト・シーズンズ』(2001年、Universal Norway)が国内でも紹介されたのが記憶に新しい。Jazzlandには『Remixed』(2001年)で登場。これまでの彼女の曲をクラブ/テクノ系を中心としたアーティストがリミックスする斬新な企画。この「Gulan Du」はそのリミックス・アルバムからのもので、オリジナルは1994年の『Leahkastin』(PolyGram)というアルバムに収録されているスピリチュアルなボーカルとゆったりしたダイナミックなビートの曲。リミックス・バージョンは歌を残してダンス系のビートに乗せたもので、マリ・ボイネの音楽が全く違和感なくテクノ系サウンドに溶け合っている。これを手がけるThose Norwegiansは先のルネ&レイモンドの片方、ルネ・リンベックのプロジェクトで、現在は彼とガウテ・ドレヴダルの2人組。ノルウェー出身のエレクトロ・ダンスデュオ、レイクソップのメンバー、トーベルン・ブルンランが以前在籍していたことでも知られるユニットだ。

6. 「ファースト・ゼア・ワズ・ジャズ 2」ウィブティー/シュターンクラング

ウィブティーはサックスのホーコン・コルンスタ、ベースのペル・サヌッシ、ドラムのヴェトレ・ホルテの3人によって結成された、ジャズからエレクトロニカに接近するユニット。デビュー・アルバム『ニューボーン・シング』(1999年)に続く2001年の『エイト・ドメスティック・チャレンジズ』ではエレクトロニクス担当のメンバーが2人加わっている。そのアルバムに収録された「ファースト・ゼア・ワズ・ジャズ 2」は打ち込みと生のドラム、ダブルベースによるビート、それにサウンドスケープの中をサックスが自在に泳ぐ新感覚のテクノ・ジャズ。リミックス・バージョンではサウンドスケープの部分を大胆に削ぎ落としてサックスを浮き彫りにしている。手がけるのはオリジナルにも参加しているエレクトロニカ系アーティスト、シュターンクラングことルネ・ブレンボ。これまで3枚のソロアルバムを発表、ウィブティーのメンバーをフューチャーした最新作『My Time Is Yours』(2002年、ノルウェーDbutレーベル)は『White Nights Bright Days』というタイトルで国内盤としてリリースされる。尚、ノルウェーの若手ナンバーワンと評されるサックスのホーコン・コルンスタは、アコースティックなジャズユニット、コルンスタ・トリオで2002年にデビュー・アルバム『Space Available』をJazzlandから発表した他、本アルバムを始めとする最近のJazzland作品など多くのアートワークを手がけるデザイナーという一面も持つ。

7. 「トライ」シゼル・アンドレセン&ブッゲ・ヴェッセルトフト/チルミナティ

シゼル・アンドレセンのECM作品『Exile』での共演で意気投合した2人はデュオを結成、これまでに『Nightsong』(1994年)と『Duplex Ride』(1998年)の2作品をノルウェーのレーベルCurling Legsに録音。続く3作目『アウト・ヒア、イン・ゼア』(2002年)はJazzlandからのリリース、「トライ」に代表されるようにエレクトロニカも取り入れた穏やかな力強さと美しさを湛えたアルバム。リミックス・バージョンはオリジナルの淡々としたビートが動きのあるものに替えられているものの、オリジナルの持つ雰囲気は残されている。手がけるのはみたびチルミナティ。

8. 「モデレーション」(ロング・バージョン)ビーディー・ベル

このアルバムの最後を締めるのは再び登場のビーディー・ベル。デビュー・アルバム『ホーム』に収録されていた軽快なダンスナンバー「モデレーション」のロングバージョン。

2002-10-30 / ユニバーサル クラシックス&ジャズ / UCCM-1040 / 原盤 Jazzland Recordings, 2002