コーンスタ・トリオ『スペイス・アヴェイラブル』国内盤ライナーノート
liner notes for Japanese edition CD

Håkon Kornstad (sax)
Mats Eilertsen  (b)
Paal Nilssen-Love  (ds)

1. Arched Shape (Håkon Kornstad)
2. Send In The Clownes (Stephen Sondheim)
3. Intornette (Mats Eilertsen)
4. Q (Mats Eilertsen)
5. Spring Song (Mats Eilertsen)
6. Summer Samba (Håkon Kornstad)
7. Space Available
8. Peasant Song (traditional hungarian folk song, trascripted by Béla Bartók)
Bonus Track:
9. Afrika! (Mats Eilertsen) w/ Axel Dörner

この『スペイス・アヴェイラブル』がレコーディングされてからリリースされるまでの間にあたる2001年7月にコーンスタ・トリオのライブを見た。フェスティバルのスペシャルプログラムでパット・メセニーを迎えカルテットとして演奏する彼らの、巨匠との共演を嬉しそうに語る曲間の雰囲気はまだ初々しい。しかし一端演奏が始まれば、メセニーと堂々と渡りあい、時には煽りさえし、特にリーダーでありメンバー中最も若いホーコン・コーンスタ(1977年生まれ)の繊細で大胆な演奏は鮮烈だった。

ノルウェーのジャズにはいくつかの流れがある。ひとつがヤン・ガルバレクらに始まるECM系のサウンドだ。ホーコン・コーンスタの場合、音を聴く限りではガルバレクの影響は顕著ではないが、ノルウェーでテナーサックスという楽器を手にしたミュージシャンが多かれ少なかれガルバレクの影響を避けて通れないことは想像に難くない。もうひとつはサックス奏者フルーデ・イェシュタ、ピアニストのスヴァイン・フィンネリュー、ベーシストのビェーナル・アンドレセン(彼の演奏はジャズランドの『サムサラ』で聞くことができる)らが礎を築いたフリージャズの流れだ。ノルウェー国外ではあまり知られていないが、「アンチECM」とも言えるこの流れは最近のノルウェーのシーンの大きな勢力となりつつある。

新しい流れもある。1996年にキーボード奏者ブッゲ・ヴェッセルトフトにより設立されたジャズランドに代表される「新しいジャズ」だ。これをよく表しているのがホーコン・コーンスタのもう1つのグループ、ウィブティーだ。彼らはクラブサウンド、エレクトロニカといった新しい要素を「取り入れている」のではない。同時代的なものとして最初から持ち合わせているそれらの要素をごく自然に表現しているのだ。

ホーコン・コーンスタは、これらの流れが交わる現在のノルウェーのシーンの、いわば申し子のような存在だ。医者になるつもりだったが大学入学の最終試験を前にして音楽の道へ進む決意をしたというエピソードの持ち主。写真やデザインにもセンスを発揮し、このアルバムを含め多くのジャズランド作品のアートワークを手がける多才な一面もある。

このトリオの結成は1998年春。3人はトロンハイム音楽院の学生仲間だ。今や国内外で注目を集めるアトミックのオリジナルメンバーだったホーコン・コーンスタがグループを脱退し、このトリオとウィブティーに専念するようになったのは2000年頃のことだ。2002年2月にリリースされたこの『スペイス・アヴェイラブル』に収められた音楽は、若々しいエネルギーに満ちたオーソドックスとも言えるジャズらしいジャズ。ホーコン・コーンスタはまだ20代半ばだというのに既にテナーサックスを完璧にコントロールし、細部にわたって実に豊かな表現を見せ、その響きはサックスという楽器が木管楽器であることを思い起こさせる温かみを持つ。彼の持ち味と実力の程が最もよく分かるのがミュージカルナンバー「センド・イン・ザ・クラウンズ」だ。サラ・ヴォーンのボーカルなどで知られるこの曲をアトミック時代はアップテンポなコルトレーン風に演奏していたが、このトリオではテナーで歌うようにゆっくりとラインを描く。その芸術的なブローを聞けば、彼を数十年に1人の逸材だとする評もあるのも納得できる。

トリオを形成する他の2人も現在のノルウェーのジャズシーンのキーパーソンだ。ドラマーのポール・ニルセン・ラヴ(1974年生まれ)は先のアトミックのメンバーとして知られ、またケン・ヴァンダーマークやエヴァン・パーカーといった錚々たるフリージャズの担い手と共演し、今やその勢いは止まるところを知らない。一方のマッツ・アイレッツェン(1975年生まれ)は多くのグループに参加する傍ら、2004年に初リーダー作『Turanga』(AIM Records)をリリースし、ベーシストとしてのみならず音楽家としての懐の深さを披露した。ポール・ニルセン・ラヴとマッツ・アイレッツェン、かなり異なる音楽性を持つこの2人の顔合わせは珍しく、他のユニットでの共演はほとんどない。ホーコン・コーンスタとアルバム『スペイス・アヴェイラブル』の持つ二面性を、ポール・ニルセン・ラヴがアグレッシブな面から、マッツ・アイレッツェンが穏やかな面から固める絶妙の取り合わせだ。尚、ポール・ニルセン・ラヴとホーコン・コーンスタは『Schlinger』(2003; Smalltown Supersound)というデュオEPもリリースしている。ニューヨークのニッティング・ファクトリーにトリオで出演した際、マッツ・アイレッツェンの楽器の到着が遅れやむなく2人で1セット演奏したことがこのデュオのきっかけとなった。その時の録音がEPに収録されているデュオバージョンの「アーチド・シェイプ」で、聞き比べも面白い。

コーンスタ・トリオは2002年7月、ノルウェー・コンクスベルグのフェスティバルにおいて、ノルウェーで最も権威あるジャズ賞の1つVitalprisenを受賞した。翌年の同フェスティバルでの、ドイツ人トランペッター、アクセル・デーナーをゲストに迎えた受賞記念コンサートの録音が『Live From Kongsberg』という2枚組アナログの限定盤として2004年5月にジャズランドからリリースされている。この国内盤『スペイス・アヴェイラブル』に収録されているボーナストラック「アフリカ!」はそのライブアルバムの最終曲で、明るい曲調が印象的なトラックだ。

その後2004年3月のヨーロッパツアーを最後に、スケジュールの都合を理由にポール・ニルセン・ラヴがこのトリオから脱退している。正式な後任は未だ決まっていないが、2005年春には若い個性派ドラマー、トーマス・ストレーネンを迎えてヨーロッパツアーを行う。『スペイス・アヴェイラブル』というタイトルをとても楽観主義的な感覚で付けたというホーコン・コーンスタは、ここでも楽観的でポジティブだ。新しいものをもたらしてくれるだろう新しいドラマーとの共演がとても楽しみで、2005年バージョンの『スペイス・アヴェイラブル』を表現できると思う、と彼は語っている。

『スペイス・アヴェイラブル』に続く新作は既に2003年10月にレコーディングされている(ドラマーはポール・ニルセン・ラヴ)。引き続きアコースティックな作品で、即興演奏と、それにホーコン・コーンスタとマッツ・アイレッツェンによるメロディーを合わせたもので、前作よりやや静かな作品になるかもしれないとのことだ。

現在ホーコン・コーンスタはウィブティーでの活動に重点を置いており2004年に3作目『プレイマシーン』をジャズランドから、他にはアトミックのメンバーでジャズランドにリーダー作『ポスチャーズ』も録音しているピアニスト、ホーヴァル・ヴィークとのデュオ作を2005年春にスウェーデンのレーベルMoserobieからリリース。さらにソロ、女性4人組即興グループSPUNKのホルン奏者ヒルド・ソフィエ・タフョルとのデュオ、そしてデンマーク出身のピアニスト、マリア・カンネゴールとの双頭カルテット(彼女は近々トリオ作をジャズランドからリリース予定)と様々な活動を行っている。

この2000年録音の『スペイス・アヴェイラブル』は、このトリオと3人のメンバーの若々しい姿を捉えた記録で、ここから既に5年を経た彼らの「今」はどんなだろう、さらにこれから先は-そんな思いを抱かせる。

2005-04-06 / ユニバーサル クラシックス&ジャズ / UCCM-3064 / 原盤 Jazzland Recordings, 2001