ホーコン・コーンスタ『シングル・エンジン』国内盤ライナーノート
liner notes for Japanese edition CD

Håkon Kornstad  (ts, bass sax, fl, flutonette, melodica)
Bugge Wesseltoft (Hammond B3)
Knut Reiersrud (ac-g, lap steel)
Ingebrigt Håker Flaten (double b)

1. Standard Arrival Route
2. Flutonette
3. Sweden
4. B
5. Turkey, Texas
6. Bånsull
7. Ardal One Alpha
8. Kokarde
9. Ambergris
10. Crying In The Rain

All compositions by Håkon Kornstad except track 10 by H. Greenfield and C. King

ノルウェーのジャズを聴くと、刺すような寒さのツンドラや、北国の大自然といったものを想起させられる、という意見には、ECMなどからノルウェー音楽に触れたリスナーなら誰しも頷くだろう。しかしホーコン・コーンスタは、いくらかそれに同意しつつも異を唱える。彼としては、湿った地面や、秋に森の中で朽ちてゆく落ち葉の温かな匂いを表現したい、それが自分にとっての「自然」だから、というのだ。この発言は彼の音色と音楽を端的に表現するものである。

2007年5月28日、予定通りにリリースされたこの『シングル・エンジン』は、ノルウェーでは店頭に並ぶと同時に各メディアにより大絶賛され、6月1日のリリース・コンサートまでにアルバムは既に大きな話題になっていた。ホーコン・コーンスタの参加するグループのライヴは大抵そうだが、ノルウェーのオスロにある有名なクラブ、ブローで行われたそのリリース・コンサートにも様々な人が集まっていた。ジャズ系ともクラブ系とも括りきれない幅広いリスナーが今や遅しと開演を待っている。そこへたくさんの楽器を抱えてたった1人で登場した彼は、ステージ中央でテナーサックスをさっと構え、ほんの一吹きの柔らかな音で会場中の人をあっという間に自身の音に集中させてしまった。

ホーコン・コーンスタは1977年生まれ、プロのミュージシャンとして活動するようになってからまだ10年程だが、そのキャリアは現在の活況を呈するノルウェーの音楽シーンを象徴する。1996年、トロンハイム音楽院在学中に結成したトリオ編成のグループTriangleが翌年には5人編成のグループ、ウィブティーに発展、サンスクリットで「聖なる灰」を意味する「Vibhuti」をもじって名づけられたこのグループと、才能ある若いサックス奏者が注目されるようになるには時間はかからなかった。同国のキーボード奏者ブッゲ・ヴェッセルトフトが1996年に設立した新しいレーベル、ジャズランドからデビュー作『Newborn Thing』をリリースしたのは1999年。ブッゲ・ヴェッセルトフトはホーコン・コーンスタの音楽だけでなくデザインの才能も認め、このデビュー作以降彼はジャズランドの作品のアートワークも多く手がけることになる。ウィブティーはその後、メンバーチェンジこそあったものの『エイト・ドメスティック・チャレンジズ』(2001年)、『プレイマシーン』(2004年)と順調にアルバム・リリースを重ねる。

一方で、ノルウェーのアコースティックなジャズのシーンに彼がもたらしたものも大きい。アブストラクトな即興演奏のトリオTri-Dimのメンバーとして1999年と2002年にアルバムを残し、また今や北欧を代表するグループとなったアトミックのオリジナル・メンバーとしてグループのスタートに重要な役割を果たした。そして自身のグループ、コーンスタ・トリオでアルバム『スペース・アヴェイラブル』(2002年、ジャズランド)をリリース、その活動によりノルウェーで最も権威あるジャズ賞の1つヴィタル賞を受賞し、さらにその受賞記念の演奏をライヴ盤『Live From Kongsberg』(2004年、ジャズランド、アナログ2枚組のみの限定盤)として発表、その間には、トリオやアトミック時代にも活動を共にしたドラマー、ポール・ニルセン・ラヴとのデュオ作『Schlinger』(2003年、Smalltown Supersound)もある。

その後、彼は方向を少し転換させる。ウィブティーはクラブ・ジャズ色を完全に払拭し、ジャズランドを離れ自身のレーベルSonne Diskを設立し『Sweet Mental』(2006年)を発表した。4 作目となるこのアルバムは、ロックのエネルギーと少々キッチュなポップセンスが個性的な形で表現された力作である。前後してメンバーはノルウェーの人気ポップ・シンガー、アニヤ・ガルバレクと意気投合し、現在はお互いの活動に参加するようになっている。グループとしてはジャズランドを離れたが、ホーコン・コーンスタはウィブティーのドラマー、ヴェトレ・ホルテと共にレーベル10年を記念して結成されたユニット「ジャズランド・コミュニティ」にも参加、ブッゲ・ヴェッセルトフトやアイヴィン・オールセット、シゼル・アンドレセンら同レーベルを代表するミュージシャンたちと各国をツアーし、その成果は『ジャズランド・コミュニティ』(2007年)としてリリースされている。

一方でアコースティック・ジャズはピアニスト、ホーヴァル・ヴィークとのデュオが中心となり、アルバム『Eight Tunes We Like』(2005年)と『The Bad And The Beautiful』(2006年)をスウェーデンのレーベルMoserobieから発表、いずれも国内外で高い評価を得ている。今年末にはこの2作品から選曲した編集盤がジャズランドからリリースされる予定になっており、今後より多くの人に聴かれるようになるだろう。カバーを中心とした楽曲を、阿吽の呼吸で綴るこのデュオは、彼らのセンスと演奏者としての卓越した才能を見せるものだ。

コーンスタ・トリオの解消後、彼が新たに取り組み始めたのはソロ演奏だ。先述のジャズランド・コミュニティ内でのソロパートをステップに、その後ブッゲ・ヴェッセルトフトのスタジオで録音されたのがこの『シングル・エンジン』である。

アルバムでもライヴでも、エレクトロニクスもラップトップも一切なし、アルバム中「アンバーグリス」でサックスの面白いサンプリングを加えている以外は、楽器と年季の入ったループマシーンのみ。「スタンダード・アライヴァル・ルート」、「ターキー、テキサス」、「アーダル・ワン・アルファ」での、一聴するとオーヴァーダブのようなオーケストレーションは、実は、フルートやピアニカ、テナーサックスからバスサックスまで、楽器をとっかえひっかえ演奏しながら、ループを使って自ら描いたイメージどおり楽曲を組み立てるライヴ演奏なのだ。

また、ホーコン・コーンスタがこれまでのレコーディングやライヴでも度々使ってきたフルートネットという楽器がある。フルートにサックスのマウスピースを着け、サックスのように吹くこの自作楽器の音色は、その名前を冠した「フルートネット」のソロ演奏で披露される他、エキゾチックな「ターキー、テキサス」でも活かされる。ブルーグラスにインスパイアされたという後者は、曲の途中でノルウェーを代表するブルーズ・ギタリスト、クヌート・ライエシュルーが登場し一段と熱を帯びる。リリース・コンサートはこの大物ギタリストをゲストに迎えて行われたが、この曲の演奏ではアルバム・バージョンがまるでイントロに過ぎなかったかのような盛り上がりを見せ、会場は大変な熱気に包まれた。「コーカルデ」ではホーコン・コーンスタはループも止め、テナー一本でこのパワフルなベテラン・ギタリストに向かい合う。アルバム『スペース・アヴェイラブル』でカバーしたミュージカルナンバー「センド・イン・ザ・クラウンズ」と同様、メロディーをゆったりとエモーショナルに歌う時の演奏は彼の最も魅力的なポイントの一つだろう。

彼のテクニカルな面を見せる曲もある。スウェーデンの南部、スコーネ地方の夏の夜の風を描く「スウェーデン」、そしてノルウェー語で「子守唄」を意味する「ボーンスル」ではマルチフォニック奏法と通常の音色を見事にブレンドするソロ演奏を聴かせる。ずっと昔、ハーモニクスやエレクトロニクスの機械が高くて買えなかった折に彼はこの奏法を耳にし、自分の演奏に取り入れることを思いついたとのエピソードが、彼自身による原盤ライナーノートで明かされている。尚、前者のかなり雰囲気の異なるバージョンが『ジャズランド・コミュニティ』に収録されており、聴き比べるのも面白い。

クヌート・ライエシュルー以外に、アルバムにはもう2人のゲストが参加し、色を添える。その2人、ブッゲ・ヴェッセルトフトとインゲブリクト・ホーケル・フラーテンは、ノルウェーのフリージャズの礎を築いたベーシスト、ビェーナル ・アンドレセン(1945年-2004年)に捧げられた「B」で顔を揃える。ビェーナル ・アンドレセンは、遺作となったCrimetime Orchestra『Life Is A Beautiful Monster』(2004年、Jazzaway)により日本でもいくらか知られるようになったが、そのCrimetime Orchestraや、ジャズランドにたった1枚のアルバムを残したグループSamsa’raでアンドレセンの最晩年に共演したブッゲ・ヴェッセルトフト、それに同じベーシストとして多大な影響を受けたであろうインゲブリクト・ホーケル・フラーテンと共に奏でられるのはミステリアスなバラードだ。ホーコン・コーンスタはブッゲ・ヴェッセルトフトとは彼のグループ、ニュー・コンセプション・オブ・ジャズやジャズランド・コミュニティなどで多く共演し、録音もあるが、最初期のアトミックが録音を残さなかったこともあり、アトミックのインゲブリクト・ホーケル・フラーテンとの共演作は意外に少ない。アルバムの最終トラックは、そんな2人のデュオによるアルバム中唯一のカバー曲「クライング・イン・ザ・レイン」。キャロル・キングとハワード・グリーンフィールドが1961年に、元々はザ・エヴァリー・ブラザーズのために書いた曲だ。このカバーのアイディアと演奏はちょうどコーンスタ/ヴィークのピアノがベースに置き換わったバージョンのようであり、こちらも息のあったやり取りを見せる。

2006年にはジャズランド10周年を記念するプロジェクトに参加、自身のレーベルを立ち上げウィブティーのアルバムをリリースしたのが2006年5月、2006年11月から2007年3月までの半年近くをかけてソロアルバムを録音、2007年4月には30歳になり、6月にはその初ソロ作をリリース、2007年10月にはウィブティー結成10年を祝う特別なコンサートを2日間連続で行うという流れのこの2年は、彼にとってマイルストーンとなるであろう時期である。その締めくくり、2007年12月に盟友ホーヴァル・ヴィークと共に来日する。2002年5月のウィブティーでの初来日から早5年半、充実した2枚のデュオ・アルバムと編集盤、そしていずれも素晴らしい内容のそれぞれのソロアルバムを携え、満を持しての来日となる。

2007-11-21 / ユニバーサル クラシックス&ジャズ / UCCM-1129 / 原盤 Jazzland Recordings, 2007