ブッゲ・ヴェッセルトフト『プレイング』国内盤ライナーノート
liner notes for Japanese edition CD
All sounds by Bugge Wesseltoft
1. Playing
2. Dreaming
3. Singing
4. Take 5
5. Talking to Myself (Part One)
6. Talking to Myself (Part Two)
7. Rytme
8. Hands
9. Many Rivers to Cross
All compositions by Bugge Wesseltoft except #5 by Dave Brubeck and #9 by Jimmy Cliff
『プレイング』-彼の多くの作品が『~イング』というタイトルを冠してきたのに続いて名づけられた新作。グループ名義とソロ名義を合わせるとブッゲ・ヴェッセルトフトのトータル9作目となるアルバムのこのタイトルは、ひときわ音楽の原点を見直すようで、その内容にふさわしいものである。
本名をイェンス・クリスティアン・ブッゲ・ヴェッセルトフトという彼は1964年、ノルウェー南部の街シーエンの出身で、父親のエリックもギタリストだ。1980年代半ばにオスロに拠点を移した後、彼の名前がレコーディングでも確認できるのは1990年前後から、いわゆるノルウェー・ジャズ第1世代、1940年代生まれのECM系ミュージシャン、ヤン・ガルバレクやアリルド・アンデルセンの周辺でのことだ。ブッゲは彼より少し年長のトランペッター、ニルス・ペッター・モルヴェル(1960年生まれ)らと共にノルウェー・ジャズの第2世代を代表するミュージシャンであり、比較的歴史が浅い「若い」ノルウェーのジャズ・シーンではもうベテランと呼ばれる存在である。
上記ECM系ミュージシャン、それに近年その活動が再認識されつつある(時代がようやく追いついた感がある)ピアニストのスヴァイン・フィンネルー、それにブッゲがSamsa’ra(同名のアルバムが2003年にJazzlandからリリースされている)やCrimetime Orchestraの『Life Is A Beautiful Monster』(2005年、Jazzaway)で共演したベーシスト、ビェルナル・アンドレセンら第1世代が今のノルウェーのジャズシーンの礎を築いたことは言うまでもない。しかし、ノルウェーのシーンがユニークな存在として知られるようになったのは、1990年代半ば過ぎの、第2世代による新しい音に拠るところが大きい。ブッゲは1996年に自身のレーベルJazzlandを立ち上げ、自らのグループを「New Conception of Jazz」と名づけたが、その名前が彼の音楽とシーンを端的に物語っている。一方、ニルス・ペッター・モルヴェルは1997年に初リーダー作『Khmer』を発表。ブッゲとは異なり、その新しい音を老舗ECMへ吹き込み驚かせた。そして、その頃には既に1960年代後半~70年代半ば生まれの第3世代のミュージシャン達がすぐそこまで来ていた。Atomicの前身となったバンドなどは既に活動を始めており、その後彼らは比較的短期間でシーンの中心的存在に急成長していくことになる。
ノルウェーのシーンにおいて、ブッゲはミュージシャンとしてはもちろん、Jazzlandレーベルのオーナーとしての貢献も大きい。自らの新しい音楽を自由に発表する場であると同時に、若い才能あるミュージシャンに機会を与えることにも重きを置くこのレーベルは、設立以来13年間、コンスタントに非常にレベルの高い作品をリリースし続けてきた。部外者による、このレーベルに対する「フューチャー・ジャズ」というラベル付けはもはや随分古びた感があるが、古びたのはラベリングであって、音楽ではない。そもそも彼らは自身の音楽を「未来派ジャズ」などとは思っていなかったのではないか。どちらかというと活き活きとした同時代的なジャズといったほうがふさわしいだろう。順調に滑り出したJazzlandレーベルは設立から5年後の2001年、アコースティック・シリーズというシリアスなアコースティック・ジャズをリリースするラインを設け、次世代の代表格Atomicを世に送り出し、さらに大きな一歩を踏み出した。
ミュージシャンとしてのブッゲも、New Conception of Jazz(NCOJ)名義で着実に活動範囲を広げ、アルバム・リリースを重ねてきた。レーベル発足とシンクロした『New Conception of Jazz』(1996年)、『Sharing』(1998年)、『Moving』(2001年)という3枚のスタジオアルバムの後、『Live』(2003年)というタイトルどおりのライヴアルバムを挟み、再びスタジオに戻った『Film ing』(2004年)がこれまでの作品で、その後、2008年末にこのグループのこれまでの活動の集大成とも言えるボックスセットをリリースしている。『New Conceptions of Jazz Box』とタイトルされたこのボックスは未発表曲やライヴ録音も多く含む3枚組CDとライヴDVDを組み合わせたもので、ベストアルバム、ライヴアルバム、入門編の全てを兼ねる作りである。初回プレス版がノルウェーで出回るやあっという間にソールドアウトとなり、日本を含む国外では2009年5月にリリースされる予定だ。
グループを率いての活動以外に、この10数年の間で一つの到達点に達したかのような充実した歩みを残したのが、ブッゲとノルウェーの女性シンガー、シセル・エンドレセンとのデュオだ。1994年の『Nightsong』、1998年の『Duplex Ride』(この2作はいずれも、配給の関係で、ノルウェーのCurling LegsとドイツのACTから同内容のものが発売されている)の後、2002年にJazzlandから発表された『Out Here, In There』は、NCOJでのブッゲとは違う一面を見せるような、静かで、聴くほどに味わい深い名作である。
NCOJやデュオに比べ、ブッゲのソロ活動はこれまで比較的ゆっくりしたペースで進んできた。最初の録音は1997年、NCOJのファーストアルバムリリース後、ドイツのレーベルACTに残された。『It’s Snowing On My Piano』というタイトルで、タイトルトラックを含む2曲のオリジナルの他はクリスマスソングを中心に構成された企画盤だ。次のソロ作はそれからちょうど10年後、2007年の『IM』(Jazzland)で、内容的にはこれを最初のソロアルバムと捉えるのが妥当かもしれない。このアルバムについては、ソロ作がリリースされるらしい、という話が流れてから実際にリリースされるまでかなりの間があり、また1曲ずつにも様々な試みが見られるなど、時間を掛けて作り上げられたものだということがわかる。NCOJとは異なりかなり実験的な面も覗かせ、また強い社会的メッセージも含んでいる。真っ黒なジャケットに大きく名前が描かれたジャケットも、その内容をよく表している。
その「事実上の最初のソロ作」から1年、ブッゲは、今度は驚くほど早いペースでソロ2作目を完成させた。2作品の間に、彼は様々な国をツアーし、ソロで多くのライヴ・パフォーマンスをこなしてきた。NCOJでもライヴを重視していた彼だが、ステージで1人ピアノに向かい、音楽と向き合う中で作り出されたのがこのセカンドアルバムだ。
前作ではラジオ放送をサンプリングしたり、北欧のさらに北方の民族サーメのシンガー、マリ・ボイネの強い声をフィーチャーしたりしていたが、本作はブッゲが演奏から歌、録音からミキシングに至るまでたった1人で作り上げたものである。
アルバムの中心となるのは「トーキング・トゥ・マイセルフ」2部作だ。アルバム収録曲のうち最初に録音されたものであり、合わせて20分を超えるソロピアノ演奏だ。一般的な意味でのジャズ色はなく、やや内省的なメロディーが静かに綴られる。音数は極限まで絞り込まれ、研ぎ澄まされた一つ一つの音が深く響く。
先述のシセル・エンドレセンとのデュオを思わせる曲もある。『シンギング』では、淡々としたビート、アナログな感覚のキーボード、アコースティックピアノに導かれ、タイトルどおりブッゲによる静かな歌が入る。そのほんのり少し温かみを感じる手触りは、デュオで得たものを1人で再現するかのようである。
ノルウェー語で「リズム」を意味する「リトメ」では、ピアノを打楽器のように叩き、パーカッシヴな音を出している。前作でも聴かれ、そしてライヴでもブッゲがよく見せるパフォーマンスだが、ブッゲにかかるとさほど前衛的に聴こえないのが特徴だ。
「ハンズ」ではピアノの弦をミュートしてリズミカルなフレーズを弾いている。そのグルーヴはやがて手拍子を引き連れ、「Oh Yeah!」という掛け声を巻き起こす。レーベルはこの曲をジョン・ケイジとニューオーリンズのピアニスト/シンガー、プロフェッサー・ロングヘアを引用して説明しているが、確かに後者の代表曲、「Bald Head」へのリンクも見出せる陽気な雰囲気だ。
これまで、シセル・エンドレセンとのデュオや企画盤の『It’s Snowing On My Piano』を除けば、NCOJとソロでは自身のオリジナル、もしくは共演者のマテリアルを演奏してきたブッゲが、本作では2曲のカバーを演奏していることにも注目される。デイヴ・ブルーベックの有名な『テイク5』はごくシンプルな骨組みのみが抽出され、その途中で意表をつく遊び心を見せる演出もある。
もう1つのカバー、レゲエ・シンガー、ジミー・クリフの、映画『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』のサウンドトラックで知られる「メニー・リヴァーズ・トゥ・クロス」は、ゆったりと何かを懐かしむようなメロディーを引き出すアレンジが施され、心和むクロージングトラックとなっている。
ソロ演奏の中に明確なポイントを絞り込み、自らの内面を省みるようでなおかつ明るく、ポジティブな雰囲気が織り込まれたこのアルバムは、ブッゲ・ヴェッセルトフト本人の、どちらかというと物静かながら、素朴でフレンドリーな人柄を反映しているようでもある。一足先にアルバムがリリースされた地元ノルウェーでは、ブッゲのこれまでのキャリアでのベスト作と評されるなど、高い評価を得ている。とかく暗い世相の中、この音楽の持つ温かな光は、多くの人の心を捉えるだろう。
2009-03-04 / ユニバーサル クラシックス&ジャズ / UCCM-1169 / 原盤 Jazzland Recordings, 2009