スールヴァイグ・シュレッタイェル『グッド・レイン』国内盤ライナーノート
liner notes for Japanese edition CD

Solveig Slettahjell (vo, p)
Sjur Miljeteig (horns)
Morten Qvenild (p, key, autoharp, vo)
Per Oddvar Johansen (ds, electronics)
Mats Eilertsen (ac-b, el-b)

1. Where Do You Run To (Slettahjell / Qvenild)
2. Another Day (Qvenild)
3. Don’t Look Back (Miljeteig)
4. Colour Lullabye (Slettahjell)
5. Flawless (Qvenild)
6. We Were Indians (Miljeteig)
7. Do Lord (V.O. Fossett)
8. My Oh My (Miljeteig)
9. Good Rain (Peder Kjellsby)
10. The Moon (Qvenild / Emily Dikinson)
11. P.S. I Love You (Johnny Mercer / Gordon Jenkins)

毎年8月半ばにノルウェーの首都オスロでジャズフェスティバルが開催される。2005年のこのフェスティバルで最もチケットを売り上げ、話題を呼んだのがスールヴァイグ・シュレッタイェル(尚、ファーストネームの「グ」は通常ほとんど発音されない)。会場の外には長蛇の列、会場の中は文字通り老若男女、幅広いファンでぎっしり埋まっている。それまでの3作、『スールヴァイグ・シュレッタイェル』(2001年)、『シルヴァー』(2004年)、そして『ピクシーダスト』(2005年)はどれもよく聴いていたが、ライヴで目の当たりにした彼女の声の艶、声量、そしてパフォーマンスの素晴らしさはそれらの記憶をすっかり上書きするものだった。彼女は、少なくともこのグループでは、非常にオーソドックスな歌に専念しているが、バックのメンバーはほとんどフリージャズといっていいほどのアヴァンギャルドさで、その対比がとてもユニーク。すっかりその音楽に魅了された観客はかなり抽象的なソロにまで大歓声、これにはステージ上のメンバーも驚いたという。

スールヴァイグは1971年オスロ郊外の出身。音楽との出会いは早く、父が牧師だったこともあり7歳で合唱団に入り歌い始めたという。後にオスロ音楽大学のジャズコースに進み、同国を代表するシンガー、シセル・エンドレーセンに師事。1998年にファンクバンドSquidのメンバーとしてアルバム『Super』をリリース、そして1997年に加入した女性シンガー4人によるヴォイスパフォーマンスグループKvitrettenの『Everything Turns』(1999年Curling Legs、尚このユニットは2002年に『Kloden er en snurrebass som snurrer oss』(Curling Legs)をリリース後活動を停止)でようやく注目されるようになった彼女は幾分遅咲きの部類に入るだろう。Kvitrettenは実験的なユニット、一方で彼女が2000年に結成した自身のグループ、スロー・モーション・クインテットはとてもオーソドックスなジャズ、しかも当時のレパートリーはカバー中心だったため逆に驚いたものだ。

それから5年、不動のメンバーはそのままに音楽だけが少しずつ変化を遂げ、ここに4作目『グッド・レイン』が届けられた。まずは冒頭、それに彼女の音楽的原点をうかがわせるゴスペルナンバー「Do Lord」での、完全なソロヴォーカルの存在感が耳を捉える。さらにバンドのメンバーによるオリジナルが大半を占めることが注目されるが、そこにこのアルバムにおける大きな変化の理由がある。

バンドの最も若いメンバー、ピアニストのモッテン・クヴェニルは、女性シンガー、スサンナ・ヴァルムルーとのデュオ、スサンナ・アンド・ザ・マジカル・オーケストラや、自身のトリオ、イン・ザ・カントリー(いずれもアルバムはRune Grammofonから)などで知られる、歌心を持つピアニストだ。シンガーソングライターに大きな影響を受けたという彼による、ジャズに留まらない素朴なメロディーがこのアルバムの1つの特徴になっている。

もう1人のソングライター、シュール・ミリエタイは他の3人のメンバーとは少し異なるタイプのアーティストだ。トランペッターとしてヤガ・ヤシストなどで活動した後は、スールヴァイグの前作に楽曲面で大きく貢献し本作でもタイトルトラックを手がけるペーデル・ヒェルスビー(彼はドラマーとしてはもとより、映画音楽などを手がける作曲家として知られる)と共にスウェーデンの田舎にIs It Art?というスタジオを構え、本作のクレジットでも見られるようにエンジニアとしても活動している。そのスタジオワークを具現化するのが2人によるエレクトロニカ/ポップユニットFrikoだ。2003年の『Burglar Ballads』(C&C)にはスールヴァイグが参加していたが、2006年にリリースされた『The Journey To Mandoola』(C&C)ではスールヴァイグに加え前述のスサンナ・ヴァルムルーも迎え「架空の地への架空の旅」を描いている。『グッド・レイン』での彼の必ずしも北欧風ではない親しみやすいポップさを持った楽曲は、より幅広いリスナーを獲得するきっかけになるだろう。

リズムセクションの2人、ペール・オッドヴァル・ヨハンセンとマッツ・アイレットセンは、名コンビとして数多くの作品に参加している。比較的オーソドックスなジャズから、かなりフリー寄りのジャズ、さらにはトラッドまで何でもこなす名手である。ただし彼らの本領が最も発揮されるのはややフリー寄りの路線だ。ライヴではこの2人とモッテン・クヴェニルはやりたい放題、インストパートはジグザグに突き進み、唯一シュール・ミリエタイのトランペットのみスールヴァイグに寄り添っている、そんな有様だった。ただし決して難解にはならず、安心してスールヴァイグの歌が楽しめる絶妙のバランスはきっちり保っている。

このメンバーを選んだセンスこそスールヴァイグの音楽性そのものと言えるが、さらにそれをよく表すエピソードがある。不動のメンバーとはいえ、売れっ子で超多忙なミュージシャンばかりのため、メンバーの誰かが都合がつかない場合でもライヴを行わなければならなくなる。そんな時、彼女は敢えて全く異なるタイプのミュージシャンを代役に立て、新しい可能性を試してみるのだという。

スールヴァイグは、既にノルウェー国内では人気、実力、そして評判、全ての面で国を代表するシンガーだ。2004年には『シルヴァー』でノルウェーのグラミー賞に相当するSpellemannprisenを、2005年にはノルウェーのジャズ関連の賞では最も権威あるVitalprisen、そしてラドカ・トネフ記念賞を相次いで受賞した。ラドカ・トネフは1982年に30歳の若さでこの世を去ったノルウェーの伝説的な女性シンガーで、彼女から大きな影響を受けたスールヴァイグにとって特別な意味を持つ受賞となった。1993年に設立されたこの賞の最初の受賞者は、ラドカ・トネフと同じ1952年生まれでスールヴァイグの師であるシセル・エンドレーセンだった。そして今、スールヴァイグはミュージシャンとしての活動の傍ら母校オスロ音楽大学で教鞭を取っており、後進のシンガーたちを教える立場にある。例えばスサンナ・ヴァルムルーは彼女の教え子に当たるのだ。

アルバムの最終トラック、唯一となったスタンダードナンバーでのちょっと可愛らしい表情を見せるスールヴァイグの歌を聴きながら、オスロでのライヴのクライマックスを思い出した。最後の1曲が終わった瞬間、観客が反応するより前に、彼女はやっと聞き取れるくらいの小さな声で「どうもありがとう!」と囁いてチャーミングな笑顔を見せ、観客のヴォルテージは最高潮に達した。ACTレーベルによる配給が始まった後のドイツ公演も大変な熱狂ぶりだったという。次は是非日本で、このアルバムに収録されているオリジナルを聴いてみたいと思う。

2006-09-23 / ボンバ・レコード / BOM24096 / 原盤 Curling Legs, CLP CD 98, 2006